創作ネーミング辞典 物語
#05

深海

創作ネーミング辞典

「っと……もうこんな時間か」
尚徳(なおのり)の左手のスマートウォッチが振動(しんどう)し、一時間が経過したことを告げる。
(かれ)はグッと背を反らし、(かた)を回して固まった体をストレッチさせる。
()れたまま忘れていた、冷めきったコーヒーを一口飲み、顔をしかめた。
「……淹れなおそう」

「っと……もうこんな時間か」
尚徳(なおのり)の左手のスマートウォッチが振動(しんどう)し、一時間が経過したことを告げる。
(かれ)はグッと背を反らし、(かた)を回して固まった体をストレッチさせる。
()れたまま忘れていた、冷めきったコーヒーを一口飲み、顔をしかめた。
「……淹れなおそう」

尚徳は立ち上がり、コーヒーメーカーへと向かった。
手には一冊の使い込まれた書物を(たずさ)えている。
『創作ネーミング辞典』と題されたそれは、スマートフォンほどの大きさ。
コーヒーメーカーがボコボコと音を立てる中、尚徳はその辞典に目を落としていた。

尚徳は立ち上がり、コーヒーメーカーへと向かった。
手には一冊の使い込まれた書物を(たずさ)えている。
『創作ネーミング辞典』と題されたそれは、スマートフォンほどの大きさ。
コーヒーメーカーがボコボコと音を立てる中、尚徳はその辞典に目を落としていた。

尚徳は、とあるゲーム会社でプランナー(けん)シナリオライターを務めている。
これまでいくつかの作品に携わっており、中にはそれなりに売れたタイトルもある。
今も次回作の舞台(ぶたい)設定を考案している最中だった。
αναστασις(アナスタシス)……」
いいかもしれない、と尚徳は(つぶや)いた。

尚徳は、とあるゲーム会社でプランナー(けん)シナリオライターを務めている。
これまでいくつかの作品に携わっており、中にはそれなりに売れたタイトルもある。
今も次回作の舞台(ぶたい)設定を考案している最中だった。
αναστασις(アナスタシス)……」
いいかもしれない、と尚徳は(つぶや)いた。

すぐにモニタの前に座り、書きかけのテキストエディタに続きを打ちこむ。
ほとんど真っ白だった原稿(げんこう)がとてつもないスピードで黒く()りつぶされていく。
たった一つのことばが引鉄(ひきがね)となって、尚徳の中に散らばっていたアイデアを整列させる。
あとはそれを引っ張り出してやるだけだ。

すぐにモニタの前に座り、書きかけのテキストエディタに続きを打ちこむ。
ほとんど真っ白だった原稿(げんこう)がとてつもないスピードで黒く()りつぶされていく。
たった一つのことばが引鉄(ひきがね)となって、尚徳の中に散らばっていたアイデアを整列させる。
あとはそれを引っ張り出してやるだけだ。

コーヒーメーカーが鳴って、尚徳に〝できあがり〟を(しら)せた。
しかし彼の耳にはまるで入っていない様子で、キーボードから指を(はな)さない。
「いいぞ」
深い海の底には地上の雑音は届かない。

コーヒーメーカーが鳴って、尚徳に〝できあがり〟を(しら)せた。
しかし彼の耳にはまるで入っていない様子で、キーボードから指を(はな)さない。
「いいぞ」
深い海の底には地上の雑音は届かない。

部屋の中には驟雨(しゅうう)のような打鍵音(だけんおん)と、時折『創作ネーミング辞典』のページを()る音だけが響く。
 
結局、彼が創作の世界から(もど)ってきたのは、それから一時間後のこと。
コーヒーは、また冷めてしまった。

部屋の中には驟雨(しゅうう)のような打鍵音(だけんおん)と、時折『創作ネーミング辞典』のページを()る音だけが響く。
 
結局、彼が創作の世界から(もど)ってきたのは、それから一時間後のこと。
コーヒーは、また冷めてしまった。

温めなおしたコーヒーにようやく口をつけ、尚徳は深いため息をついた。
自身のアイデアに()()まりを感じていたある日、『創作ネーミング辞典』を見つけた。
それからというもの、『創作ネーミング辞典』は彼にとってお守りのような存在だ。
今だけではない。

温めなおしたコーヒーにようやく口をつけ、尚徳は深いため息をついた。
自身のアイデアに()()まりを感じていたある日、『創作ネーミング辞典』を見つけた。
それからというもの、『創作ネーミング辞典』は彼にとってお守りのような存在だ。
今だけではない。

出会って以来、幾度(いくど)となく彼を助けてくれた〝戦友〟だった。
尚徳の『創作ネーミング辞典』には携わったゲームのシールが所狭しと貼られている。
そのうえ色とりどりの付箋(ふせん)も使われているおかげで、まるでカラフルなはりねずみのようだ。

出会って以来、幾度(いくど)となく彼を助けてくれた〝戦友〟だった。
尚徳の『創作ネーミング辞典』には携わったゲームのシールが所狭しと貼られている。
そのうえ色とりどりの付箋(ふせん)も使われているおかげで、まるでカラフルなはりねずみのようだ。

 
尚徳は、もし『創作ネーミング辞典』に出会っていなかったら、と考えることがある。
「やめてたかもな……ゲームつくるの」
そのたびに尚徳はいつも通りの答えを導き出す。
彼が曲がりなりにも厳しいゲーム業界を生き抜いてきたことは間違(まちが)いない。
しかし常に順風満帆(じゅんぷうまんぱん)とはいかなかった。

 
尚徳は、もし『創作ネーミング辞典』に出会っていなかったら、と考えることがある。
「やめてたかもな……ゲームつくるの」
そのたびに尚徳はいつも通りの答えを導き出す。
彼が曲がりなりにも厳しいゲーム業界を生き抜いてきたことは間違(まちが)いない。
しかし常に順風満帆(じゅんぷうまんぱん)とはいかなかった。

ゲームクリエイターに限らず、すべてのクリエイターにとっての大きな課題。
それは〝いかにオリジナリティーを演出するか〟という点にある。
とはいえアイデアは無から()いてくるわけではない。

ゲームクリエイターに限らず、すべてのクリエイターにとっての大きな課題。
それは〝いかにオリジナリティーを演出するか〟という点にある。
とはいえアイデアは無から()いてくるわけではない。

必ず下敷(したじ)きとなるインプットがある。
それを咀嚼(そしゃく)し、自分なりに表現すること。
それが〝オリジナリティー〟だと、尚徳は考えていた。

必ず下敷(したじ)きとなるインプットがある。
それを咀嚼(そしゃく)し、自分なりに表現すること。
それが〝オリジナリティー〟だと、尚徳は考えていた。

尚徳はゲームも読書も大好きで、趣味(しゅみ)としても多くの作品に人一倍()れている自負はある。
しかしそれはいわば〝貯金〟のようなもので、(たよ)りきりではいつか使いつぶす日がくるだろう。
新たな挑戦(ちょうせん)をするためには、当然新たなインプットが必要だ。

尚徳はゲームも読書も大好きで、趣味(しゅみ)としても多くの作品に人一倍()れている自負はある。
しかしそれはいわば〝貯金〟のようなもので、(たよ)りきりではいつか使いつぶす日がくるだろう。
新たな挑戦(ちょうせん)をするためには、当然新たなインプットが必要だ。

 
「これ以上にしっくりくるもの、他にはないんだよなあ」
日本語、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、ラテン語、ギリシア語……一つの単語をこれだけの言語でパッと確認できるものはどこにもない。
同じ意味でも言語が違えば(ひび)きが変わる。
響きが変わればプレイヤーが感じる印象も変わる。

 
「これ以上にしっくりくるもの、他にはないんだよなあ」
日本語、英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ロシア語、ラテン語、ギリシア語……一つの単語をこれだけの言語でパッと確認できるものはどこにもない。
同じ意味でも言語が違えば(ひび)きが変わる。
響きが変わればプレイヤーが感じる印象も変わる。

極端(きょくたん)な話、駄作(ださく)傑作(けっさく)かの分かれ道はことばの選び方ひとつだと、尚徳は信じている。
 
表現したい世界にはどんなことばが最適か、どうすればよりプレイヤーを引きこめるか。
尚徳はまた『創作ネーミング辞典』を携え、思考の海に(もぐ)っていく。

極端(きょくたん)な話、駄作(ださく)傑作(けっさく)かの分かれ道はことばの選び方ひとつだと、尚徳は信じている。
 
表現したい世界にはどんなことばが最適か、どうすればよりプレイヤーを引きこめるか。
尚徳はまた『創作ネーミング辞典』を携え、思考の海に(もぐ)っていく。

創作ネーミング辞典

外国の単語を使った表現に迷ったとき,開く辞典。8ヶ国語を収録しており,表現の選択肢が広がる。技の名前や台詞を考えるのに使えるので,小説,シナリオ,歌詞などの創作にも役立つ。薄い,軽い,小さいの三拍子で,いつでもどこでも使える。