イーゼルを立て、キャンバスをかける。
丸いすに腰かけ、パレットを開く。
オイルを少量馴染ませた筆、基本色をそろえ
た油絵具。
それに『色のことば選び辞典』も忘れない。
他にも道具をひとそろえテーブルに並べ、竜星は完成間近の絵をながめた。
悪くない、と思う。しかしまだ何かが足りな
いとも感じる。
イーゼルを立て、キャンバスをかける。
丸いすに腰かけ、パレットを開く。
オイルを少量馴染ませた筆、基本色をそろえ
た油絵具。
それに『色のことば選び辞典』も忘れない。
他にも道具をひとそろえテーブルに並べ、竜星は完成間近の絵をながめた。
悪くない、と思う。しかしまだ何かが足りな
いとも感じる。
――ここにもうひと押し、色彩がほしい。
ロダンの彫刻のように、じっと考えこむ。
竜星の頭に名案は浮かばない。
けれど彼の顔に焦りの色は見られなかった。
――こういう時こそ使いどきだよな。
『色のことば選び辞典』を開くと、彼の両てのひらに
――ここにもうひと押し、色彩がほしい。
ロダンの彫刻のように、じっと考えこむ。
竜星の頭に名案は浮かばない。
けれど彼の顔に焦りの色は見られなかった。
――こういう時こそ使いどきだよな。
『色のことば選び辞典』を開くと、彼の両てのひらに
色彩豊かな〝色のカタログ〟が現れる。
ぺらりぺらりとページをめくっていた竜星は、
ある箇所に目を留めた――。
色彩豊かな〝色のカタログ〟が現れる。
ぺらりぺらりとページをめくっていた竜星は、
ある箇所に目を留めた――。
〝誰かに教わることは甘え〟だと、竜星は
ずっと思い込んでいた。
誰もが認める〝天才画家〟ならば、独力で
絵が描けると信じていた。
だから彼は絵画教室にも通わず、美大では
ない一般の大学へ進学した。
芸術サークルに籍は置いているが、なれあう
雰囲気に嫌気がさし、幽霊部員になっている。
〝誰かに教わることは甘え〟だと、竜星は
ずっと思い込んでいた。
誰もが認める〝天才画家〟ならば、独力で
絵が描けると信じていた。
だから彼は絵画教室にも通わず、美大では
ない一般の大学へ進学した。
芸術サークルに籍は置いているが、なれあう
雰囲気に嫌気がさし、幽霊部員になっている。
しかし竜星は絵画に関して特別な才能は持って
いなかった。
天才でないならば、基礎を知らなければ線の
一本も引けはしない。
十分に広い地盤があってこそ、芽吹いた若葉
は大樹に育つのだから。
しかし竜星は絵画に関して特別な才能は持って
いなかった。
天才でないならば、基礎を知らなければ線の
一本も引けはしない。
十分に広い地盤があってこそ、芽吹いた若葉
は大樹に育つのだから。
竜星が自身の平凡さを認めたのはつい最近の
こと。
制作してきた作品を並べて、気がついた。
――ぜんぶ同じような構成だ。
色も、構図も、モチーフも。
どれもこれも似たり寄ったりで、竜星の引き
出しの乏しさがあからさまにわかる。
竜星が自身の平凡さを認めたのはつい最近の
こと。
制作してきた作品を並べて、気がついた。
――ぜんぶ同じような構成だ。
色も、構図も、モチーフも。
どれもこれも似たり寄ったりで、竜星の引き
出しの乏しさがあからさまにわかる。
――知らないことだらけだ。
「もっと知りたい」「もっと学ばなければ」と、素直に感じた。
誰かに教わることが恥ずかしいという気持ち
はまだ竜星の中にある。
しかし彼の目標は〝目の前の壁を乗り越え
ること〟ではない。
――知らないことだらけだ。
「もっと知りたい」「もっと学ばなければ」と、素直に感じた。
誰かに教わることが恥ずかしいという気持ち
はまだ竜星の中にある。
しかし彼の目標は〝目の前の壁を乗り越え
ること〟ではない。
――俺が思い描く〝アート〟を創れるようになりたい。
達成すべきはそれだけだ。
――でも、どうやって?
まずは情報収集だと、竜星は書店へと足を向
けた。
――俺が思い描く〝アート〟を創れるようになりたい。
達成すべきはそれだけだ。
――でも、どうやって?
まずは情報収集だと、竜星は書店へと足を向
けた。
そこで出会ったのが『色のことば選び辞典』
だ。
色彩についての感覚は、画家として身につけ
るべき能力。
つい難解な技法書に手を伸ばしたくなる気持
ちを抑え、竜星はこちらを手に取った。
――こんなことまで載ってるのか。
そこで出会ったのが『色のことば選び辞典』
だ。
色彩についての感覚は、画家として身につけ
るべき能力。
つい難解な技法書に手を伸ばしたくなる気持
ちを抑え、竜星はこちらを手に取った。
――こんなことまで載ってるのか。
『色のことば選び辞典』はまさに〝ことば〟と
〝色彩〟を結びつけてくれる。
色の名前、色見本、CMYK値、色が使われた
名文など、一つの色から得られる情報の多さに
竜星は感心した。
――このサイズならいつでも持ち歩けるな。
『色のことば選び辞典』はまさに〝ことば〟と
〝色彩〟を結びつけてくれる。
色の名前、色見本、CMYK値、色が使われた
名文など、一つの色から得られる情報の多さに
竜星は感心した。
――このサイズならいつでも持ち歩けるな。
彼が学業の合間におこなっているイラストレー
ターのアルバイト。
デザイナーや編集者との打ち合わせにも役立つ
かもしれない。
自身の夢を叶える第一歩として、また実用的な
ツールとして、竜星は『色のことば選び辞典』
を購入することに決めた。
彼が学業の合間におこなっているイラストレー
ターのアルバイト。
デザイナーや編集者との打ち合わせにも役立つ
かもしれない。
自身の夢を叶える第一歩として、また実用的な
ツールとして、竜星は『色のことば選び辞典』
を購入することに決めた。
竜星が目を留めた色。
――撫子色。
すぐにキャンバスに向き直り、パレットで
絵具を混ぜ合わせる。
赤に、少しの黄。それと黒を面相筆の穂先ばかり。
竜星が目を留めた色。
――撫子色。
すぐにキャンバスに向き直り、パレットで
絵具を混ぜ合わせる。
赤に、少しの黄。それと黒を面相筆の穂先ばかり。
それで、やわらかくも彩りのある撫子色ができあがる。
竜星はそれを筆にとると、慎重に画面へと塗りつけた。
――うん、いいじゃん。
彼は壁を越えていく。
己の夢だけを追いかけて。
それで、やわらかくも彩りのある撫子色ができあがる。
竜星はそれを筆にとると、慎重に画面へと塗りつけた。
――うん、いいじゃん。
彼は壁を越えていく。
己の夢だけを追いかけて。